もし、このことが可能だとしたら、この方法を知りたくありませんか?
実相寺では、法要のない日はほぼ毎日、個別にご相談を受け、多くの方々の「幸せへのお手伝い」をしております。
ご相談にいらっしゃる方々に共通していることが、ひとつだけあります。
それは、何かと申しますと、「かかえている問題は一つだけではない」と言うことです。
6つも7つも、多い方は10以上の問題をかかえており、それらに思い悩み、その重圧に押しつぶされそうになっていることが多いのです。
実相寺では、いくつもの問題を一つ一つ紙に書き出し、どの問題がその方にとっての本質的なものなのかを明確にいたします。(このことだけでも、随分と楽になられるようです。)
いくつもの問題を大きく3つに分類いたします。
@ 解決すべき「問題」
A 当分の間、対処しなくてもよい「問題」
B 忘れてしまってもよい「問題」
3つに分類することにより、
A 当分の間、対処しなくてもよい「問題」
B 忘れてしまってもよい「問題」
の二種類の問題を目の前から、消してしまいます。
今まで、何年も何十年も悩んできたことですから、そう簡単には消せるものではない、と思われるかもしれません。しかし、ご本人のご事情をよく把握した上で、お話しをすることにより、綺麗に消えてしまうのです。
ここの部分では、ゆっくりお話しを進め、本当に心の底から納得していただけるようにしております。問題を解決したい、という幸せへの意志がある方ならば、ほぼ100パーセントこの二種類の問題は消えてしまいます。別の言い方をすると、とりあえずそうした方が、自身にとって幸せだ、と言うことがご理解いただけるのだと思います。
多くの方々が何故そのような小さなことで、こんなにも大きく悩んでいたのか、もっと早くご相談すればよかったとおしゃっております。
ここまで来ると、かかえている問題の本質が見えてまいります。残っている
@ 解決すべき「問題」
を全力を挙げて対処していくのです。
その解決方法は、まず、九識霊断法という日蓮宗に伝わる秘法によって、その問題の成り立ち(原因)や成り行き(未来)をよく調べます。
その後、それぞれの原因を解決する為、ご祈祷やご供養などを行ないます。
すぐに解決できる場合もありますし、
ご先祖様の供養を始めることが幸せへの道である場合もあります。
仏さまのご加護をいただくため、お守りをお持ちになっていただくこともあります。
写経によって、徳を積み、幸せへの切符を手に入れていただく場合もあります。
施餓鬼供養をすることもあります。
人によって原因が異なりますので、解決の方法は様々に異なります。
九識霊断法とはどのようなものなのでしょう。
私と九識霊断法と出会いは衝撃的なものでした。実相寺のある檀家さんが、奥さんの病気のことでご相談にいらっしゃいました。そのころは私は僧侶になったばかりで、病気に対する対処法などは恥ずかしながら、まだもっておりませんでした。
仕方がないので、信頼のおけるご僧侶に「何とか、この奥さんを病魔からお救い下さい。」とお願いいたしました。
するとそのご僧侶は、「それでは、九識霊断法で調べてみましょう」
といって10分ほどでその方の病気の理由をつきとめられたのです。
そのお宅のことはなにも話ししていないのに、「この家はかつて家畜を飼育しており、その際、仕方がなかったかもしれないが、多くの家畜がなくなり、家の土地に埋められている。その供養をすれば、直るでしょう。」とお話しになったのです。
そしてその通り、に供養したところ病院でも原因不明といわれていた病気が徐々に直ってしまったのです。これには本当に驚きました。それ以来、私も日蓮宗に伝わる九識霊断法を学び、多くの方々の幸せのお手伝いをさせていただいております。
相談事例の主なもの
- 恋人ができるのか
- 結婚できるのか
- 結婚した場合、幸せになれるのか
- 夫婦の関係はどうなるのか
- 相手は本当は自分のことをどう思っているのか
- 病気が直るのか
- 手術はすべきどうか
- 仕事につけるのか
- どの仕事を選べばよいのか
- その仕事についた場合、うまくやっていけるのか
- 会社の業績はどうなるのか
- 社員にその人を雇用してもいいのか
- 今回のプロジェクトは成功できるのか
- 希望の学校に合格できるのか
- 選挙に当選できるのか
- 赤ちゃんは授かるのか
- 赤ちゃんは無事に生まれてくるのか
- 母体は大丈夫か
- 裁判に勝てるか
- 交渉ごとはうまくいくのか
- 交渉はどのようにすればよいのか
- 最近どうも良くないことがおきる
- 海外旅行に行くが無事に帰ってこられるか
などが、今までに応じた相談内容です。
この九識霊断法とは、どなたでもお持ちになっている仏性という、仏さまの心に直接問いかけることにより、過去・現在・未来を見通運命を予知することができる日蓮宗に伝わる秘法です。
私もそれなりの教育を受け、成人したわけです。正直、最初のうちはそのようのことがあるとは信じられませんでした。
しかし、原因がわかり未来がわかり、その結果、幸せが訪れると言う事例をいくつもいくつも見させていただき、また、経験することにより、本当に素晴らしい秘法であると確信するにいたりました。
ご相談を希望される
川口市領家の地に室町時代初期に創建され、以来640年、この地に根ざし、この地の皆様とともに歩んできたのが実相寺です。古くからの寺院の特色は「来るものは拒まず、去るものは追わず」という鷹揚さだと思います。
仏教はお釈迦さまに始まりました。お釈迦さまは人々の悩みを解決する為に、仏教を始められたのです。
それから、約2500年たち、現代の日本において、個別に悩み事をお聞きし、解決をはかろうとしているお寺はあまり多くありません。
その中にあって、多くの方々に喜ばれているのが、実相寺なのです。ご相談の費用は、おおむね5000円となっております(1〜2時間ほど)。但し事情によりその額が大変な方はメールなどでお申し出下さい。もともと人を助ける為のことですので、その額ではなくても全くかまいません。時には無料で、ご相談にのっていることもあります。
最後になりますが、
安らかで、豊かな人生を送るためには何が必要だとお思いになりますか?
お金ですか。健康ですか。良好な人間関係ですか。
そうですね。この三つともとても大切ですね。
しかし、そこに行き着くためには、幸せになるのを邪魔している障害物が何なのかを、まず知ることなのです。そして、それを取り除くことが肝要なのです。
実相寺に来て、障害物を取り除くことができ、さらに仏教に触れることで、生き方自体も「ありがとう」「感謝」の心を基本とした生き方に、少しづつ変わっていき、本当の意味での、安らかで豊かな人生を送ることができるようになった方々がたくさんいらっしゃいます。
ぜひ、ご連絡下さい。あなたの人生を、素晴らしく好転させることができると思います。
ご相談を希望される
「初めて若上人にお会いしてから、まる一年に成ります。
お会いできた事ほんとうに喜んでいます。
一時は妻の声を聞くのも嫌で。話しかけるな。と怒っていました。
日蓮宗にご縁ができたこと。懺悔文によつて私は生まれ変われました。
仏様のご加護、何度も何度もいただいています。
毎日が楽しいです。妻にも楽しみを与えよと仏様に教えてもらいました。
いま7時半です、これから私たちの夕勤です。
ながながとすみません。
ホームページの感想またおくります 」
(60歳代 男性)
「おはようございます。いつもお世話になっております。
携帯メールから失礼いたします。
先日はご祈祷、霊断と、ありがとうございました。
また、妻の話までいろいろと聞いていただいたそうで、ありがとうごさいました。
その翌日から、すっかり妻は落ち着いてしまい、毎日、忙しい中にも何かに振り回されることなく、取り乱すことなく、穏やかに、日々過ごしております。とりわけ朝の様子は別人です。
またまた早速、御利益をいただきました。本当にありがとうごさいます。また、妻、毎日朝夕、お題目を唱えるようになりました。ご指導、ありがとうごさいます。
今後とも、ご指導のほど、よろしくお願い致します。
追伸、日蓮宗のお寺パワーのすごさは、これまで何度も家族(私の親兄弟)が救われ、十分にわかっていたてつもりでしたが、自分の身に、しかもこんなにも早く、はきりと顕れると、やはり驚かざるをえません。これに甘んじて気を抜くことなく、精進していきたいと思います。」 (30歳代 男性)
当山は本覚山実相寺と号し、室町時代初期の南北朝期、貞治二年(1363年)、今をること約640年前に、日蓮宗祈祷根本 道場である大本山法華経寺第三世日祐上人を開山と仰ぎ、その高弟、経王院日通上人によって開かれました。
大本山をささえる四天王の一角をしめ、中本山として往時には末寺10ヶ寺を数えたとされております。また、日祐上人東北巡錫(布教)の際の初転法輪の道場という縁により、大本山法華経寺霊蹟寺院としての格式を誇りました。
祈祷道場としても名高く江戸城大奥の侍女たちの髪で造立された『植髪鬼子母神(うえがみきしぼじん)』様を祈祷本尊としておまつりしております。
江戸幕府との関係は特に深いものがあります。三代将軍徳川家光公が鷹狩の折り、にわかに病を発せられ、当山にご来臨。当時、法力無双と称せられていた第十六世日逞上人のご祈祷により平癒されたと伝えられております。この功績により、ご朱印三十石を御下賜、『八町権現』の別称を許され、併せて将軍拝謁の際の着用袈裟として『金糸金襴七条袈裟』を賜りました。
その後、水害のため、北西に約一キロほど移動いたしました。かつては現在の川口市領家4丁目6番のあたりにありました。この水害の際に文物の一部が流されたことはまことに残念なことです。檀信徒の命日などが記されている「過去帳」もこの水害の際に水に漬り、現在でもその跡がのこっており、当時の苦労がしのばれます。
しかし、その後、第十八世、永世開基日昌上人が法統をつぎ、復興に努めました。檀信徒の育成・寺格の高揚・寺領の確保などの功は、「永世開基」の尊称にふさわしい名僧でありました。第二十五世日到上人の代に十軒四面の本堂及び御成門を復興し、続いて第二十六世日近上人の代には祖師堂の建立が円成し、旧観をとりもどすことが出来ました。『植髪鬼子母神』の実相寺として、その盛名は関東一円に響いたと伝えられております。
明治時代には第二十九世日芳上人が出られ、当時の一流人の信仰を集めました。その縁により伊藤博文公など多くの墨跡が残されております。
明治九年、不慮の災いにより、多くが烏有に帰しました。しかし、その後をついだ第三十一世日教上人は復興と布教に尽力されました。その結果、信徒数は万をもって数えるほどに教線が拡張され、県内・都内の多くの支院をもつに到りました。
江戸時代に始まり、その頃より特に盛んとなったお会式の際に行われる万灯行列は現在でも続いており、川口市のお祭り、風物詩として、多くの方々の参詣でにぎわっております。
